モンブラン。

 今日もゆるゆると、幸せに、いつも通り過ぎていくはずだった。こんな日に別れ話を切り出す方がどうかしている。だから雨は嫌いだ。雨の日は、みんな考えが後ろ向きになる。
 二人で初めてデートしたこの喫茶店。その日は外を雨打つ音も軽快に聞こえたものなのに、今日はその音も鬱陶しい。雨音がダツダツと、嫌味たらしく聞こえるから不思議なものだ。


 目の前に座る私の彼女は、「私たち、別れよっか。」とイライラしたように言った。「疲れちゃった。」とさらに一言添える。
 「ネックレスだ!」私は閃いて、ついすぐ口に出た。
 「先々週、付き合って8ヶ月記念日だった。それを僕が忘れてて、何もプレゼントしないのを怒ってるんだ、そうだろう!」
 「違う。そういうことじゃない。ただ、疲れたの。」彼女はなおも強がりを言う。凄く落ち着いた素振りで、コップの水を飲み干した。肩まである髪をだるそうに指で弄る。
 「ネックレスなら今買ってくるよ!どんなのがいい?一緒に選びに行こう!」
 立ち上がり彼女の腕を引くが、こちらの目も見ずに振り払った。イライラしているのがすぐ分かる。
 「その前の5ヶ月記念日?それともクリスマスイヴに1時間遅刻したのをまだ怒ってるのか?だったら今買ってくるし、今日はちゃんと3分前に待ち合わせ場所に居た!」
 「もういい。何も分かってないんだもん。」そう言って彼女は足を組んだ。癖なのだ。彼女はイライラすると足を組む。前に「体が歪むからやめた方がいいらしいよ。」と教えてから組まなくなったが、面倒になると忘れてしまうのだ。8ヶ月居るんだから、僕にだって彼女の癖ぐらい分かってくる。
 「ケーキだ!」僕は閃いた。雨の日だからだろうか。何も考えたくなくなるから、きっと働き足りない脳が頑張ってくれるのだ。もしそうなら雨の日も悪くないな、と思ったが、雨だから彼女が余計にイラつくのだ。気付いて群青色の外をキッと睨む。
 「君はここのケーキが好きだった!最近、太るからってずっと来てなかっただろ?何でも好きなだけ食べていいから。」
 「すいません!」ずっと興味津々でこちらを見ていたマスターを呼ぶ。ポーカーフェイスを保とうとしているが、口の端がニヤついているからバレバレだ。
 「チョコレートパフェと、フルーツパフェと、ミルフィーユと、チョコレートケーキと、ミルクプリンと、ジンジャークッキーと…そうだモンブランモンブランだよ!君は特にモンブランが好きだった!最初に来た時も、君はモンブランを食べてた!」
 「かしこまりました。」と言ったマスターは、驚くほど早くその沢山のケーキを持ってきた。ずらりとテーブルに並んだお菓子は、ちょこんと宝石のように微笑む。
 マスターはすぐにいつもの定位置に戻って新聞を読んでいるが、後姿でもニヤついているのが分かる。
 「…そんなに頼んで、誰が食べるの?」
 「いいから食べてくれ!お金は僕が払うよ!」
 「優太は…本当に何も分かってないんだね。」
 そう言って彼女はモンブランに手を伸ばす。
 僕の勝ちだ。





小説、はじめました。
すぐにネタが用意できなかったので、江國香織さんの小説をインスパイヤさせていただきました。


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